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花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに
(春歌下 113)


(私訳)
いつの間にか桜が色あせちゃった
あたしが
春の長雨を眺めながら
恋やいろんな事に悩んでる間に

(語句説明)

花の色は
(桜の花の色が。同時に作者の容色を象徴している(暗喩)という解釈もある。<ー私は反対)

うつりにけりな
(移る=色あせてしまった)

いたづらに
(空しく)

わが身世にふる
(私が世の中を渡っていく、恋に悩むなどの複数の意味を含む。また、次の句の「ながめ(長雨)」を含め長雨が降るという意味も含む。「ふる」は、「経る」、「降る」(一説には「古る」も)の意味を兼ねる。(掛詞))

ながめせしまに
(物思いにふけっている間に。「ながめ」は「眺め」、「長雨」の複数の意味を含む。)


(解説?)

1.分かれる解釈

私は古語辞典をたまたま2冊(参考文献50,51)持っていて、どちらにも代表的な和歌の解釈が載っています。
この歌の解釈については、これが見事に、分かれてるんですね。「花の色」を単に春の花(多分、桜)の盛りの色合いとするのと、暗に作者小野小町の容色に例えているとする解釈に。後者だと、「あたしったら、昔は超美人でー、でもなんか人並みになっちゃって悲しいわー」っていう解釈になります。(本来はもっと複雑ですが)
大体、こういう暗喩の解釈は難解です。
「俺は新幹線みたいに速く走ったぜ」、なら解釈は簡単ですが、「新幹線は100mを走りテープを切った」じゃあ、もしかしたら新幹線がJRの走行試験で100m走っただけと解釈するのが正しいのかもしれません。

確か昔、私が高校生だった頃、古典の授業で教えられた解釈も、「花の色」を自分のかつての美しい容色にたとえた、いわば高慢不遜な意味としていました。でも、私の見たいくつかの古今和歌集の注釈は、主に二つに分かれ、単に春の歌であるという解釈も多いのです。


2.私の考え

確かに、作者没後(正確な時期は不明)すぐに作られたと思われる古今和歌集は、この歌を春歌下の巻に入れています。少なくとも、後世の解釈よりは、私はこの判断を信じたく思います。
紀貫之は、小野小町の風聞くらいは聞いていたのではないでしょうか?絶世の美女で、しかも自分の事を「花の色」に例える性格だったと聞いていたら、春の巻には入れていなかったのではないかと思うのですが。

それでも、この歌は大変複雑な構造を持ち、深い余情があります。
いわば、顕微鏡で見なければ構造の分からないVLSI(超大規模集積回路。手のひらに乗るような部品に、かつての大型コンピュータを超えるような規模の電子回路を詰め込んでいます)の構造を思わせ、そのVLSIが人の心を打つ何かを表現しているようです。(初音ミク?)

私は、桜の花の盛りの短い時期に起きたさまざまなことを、作者が思い浮かべているのが、第一義的な解釈だと思います。

とはいえ、ある動物達の進化の栄枯盛衰(哺乳類型爬虫類の進化の歴史(参考文献90)、また淡水魚類から両生類、そして爬虫類への進化など)が、まるで人生を思わせるように、あくまでも余情として、私的解釈として、もっと長い時間についても感慨を感じてもいいと考えてもいいのかもしれません。それには、女性の容色の衰えもあるでしょうし、若さの盛りに朝廷で活躍した貴族が、自分の男盛りを思い出しているのにもたとえる事もできるのかもしれません。
あるいは、仕事がとても忙しく、いつのまにか季節が過ぎてしまったサラリーマンが、散ってしまった桜を見たときに思い浮かべるべき歌でもあるのかもしれません。
もちろん、春の桜の季節(あるいは全く別の季節でも)に恋に悩み、季節を感じる余裕を持てなかった女性が、その年の桜の季節を失ってしまった我が身にこの歌を当てはめるのが、最も本来に近い鑑賞の仕方なのかもしれません。

現在の自分自身に当てはめて、あるいは他の人に当てはめて鑑賞できるのも、小野小町の歌の力なのかもしれません。

「わが身世にふる(経る)」と「ふる(降る)ながめ(長雨)」、「ながめ(眺め)」(「世にふる」「わが身」を眺め、「ながめ(長雨)」を「ながめ(眺め)」)のいわば3つのイメージによるトリプルミーニング。まるで「よき女のなやめる」時に、春の長雨を眺め、その向こうには、「世にふる」自分自身が見えているように思えます。(仮名序の「なやめる」は、本来は体の病をいうのだそうです。つまり「悩む」ではないのですが...)そして、もしかすると、雨を眺めている自分自身を、自分自身が眺めていることまで、イメージしていたのかもしれません。(ドッペルゲンガーですな。)

また、「世にふる」の中心が恋愛だとすれば、この歌は、他の恋歌とすべき作品に対して、メタ恋歌とでも言うべき歌なのかもしれません。

また、「花の色はうつりにけりな」としていることで、盛りの花の色から、花がしおれていく変化の全てをイメージさせる表現のようにも思えます。
掛詞の華麗さを含めて、表現技法、表現内容、両方でとても高度な表現です。やはり、作者の最高傑作といえるのではないかと思います。


3.服装のイメージ

ところで、小野小町は、古今和歌集、後撰和歌集内の贈答歌によれば、平安初期の人で(だって、もう死んじゃった人と贈答歌なんてできないよね。)、十二単は着ていません。
小野小町というと、十二単姿を思い浮かべさせられてしまうのも、後世の捏造によるとも言えるかもしれません。私は奈良時代風の服装をした小野小町が出てくるドラマを見てみたい気もします。あ、やっぱり女優は佐藤藍子でね。


4.豆知識?

この歌は、藤原定家の頃から評価が高まり、百人一首にも入れられることになったようです。参考文献10
さまざまな事が重なり(「玉造小町」(未読)など)、鎌倉時代は、小野小町が高慢な美女で、その後落魄して死んだという伝説が形成されていたようです。藤原定家もその伝説に影響され、「花の色」を自分のかつての美貌の比喩であるととらえていたようです(森藤憲定氏などによる)。

藤原定家(1163-1241)
新古今和歌集撰者、藤原俊成の子。
平安時代末期から鎌倉時代初期の人。


5.さまざまな人達の「花の色は」の解釈

各先生のお立場は、参考文献の記載によっており、必ずしも現在のものではありません。


単に桜のこととした解釈

契沖(江戸時代)
鈴木一雄(十文字学園女子大学学長)(参考文献50)
窪田章一郎(早稲田大学教授、歌人)(参考文献1)
大岡信(明治大学教授、詩人)(参考文献12)


作者の容色の暗喩とした解釈

山口博(富山大学人文学部教授)
金田一春彦(参考文献51)
久曽神昇(愛知大学学長)(参考文献3)